気を配る

なんとなく、日本全体の空気が淀んでいる気がする。

当然と言えばそうだが、結局のところ、募金も然りだが、自分に出来ることは自分自身の社会生活をいつもと同じように送ることだと思うようになった。

通勤時に聞いているNHKラジオ、今朝は近藤典子さんがゲストで、関西出身なので神戸震災も親戚が大勢被災した、とにかく何か出来ないかを毎日必死に考えているとの旨をしゃべっていた。震災後間もなく、取引がある韓国の会社からダンボールが数箱届き、開けてみると、マスクなどが大量に入っていた。東京で不足しているからとの心配りだったそうだ。近藤さんは、気は使うものじゃないです、配るものなんですね、と言っていた。

なるほど、と感心した。解釈はいろいろだろうが、自分も含め「何か出来る事があったら、声をかけてね」などと気軽に言う。もちろん、心底そう思って言う場合もある。しかしなにがしかの後ろめたさを感じたりもする。

ナイキの宣伝じゃないが、つきつめていくと“JUST DO IT”(やるだけ)なのだろう。物質的なものだけでなく、一本の電話でもいいから、具体的な行動だ。

と言うところで、今から私もしっかり仕事しますcoldsweats01

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原発の危険性

80年代中頃に、。「危険な話」「東京に原発を!」などのセンセーショナルなタイトルの原発の危険性を書いた広瀬隆氏の本が話題になった。福島原発問題で、広瀬氏の事を思い出したのだが、氏は去年も本を出版されていた。

原子炉時限爆弾というタイトルで、帯コピーは

危機は刻々迫っている!
世界各地で頻発する大地震は何の予兆なのか?
クリーンエネルギーとして推進されている原発は本当に安全か?
「原発震災」がもたらす日本壊滅の危機に警告を発する。
著者15年ぶりの反原発書!!

と、今回の大惨事を予言していたかのようだ。

さて話が戻るが、25年近く前に出版された「危険な話」「東京に原発を!」という広瀬氏の本は、私も読んだ記憶がある。

内容としては、何故原発かと言えば、火力発電などでも電力は十分まかなえるのだが、危険ではあるが効率が圧倒的にいい、つまりは電力会社に巨額の利益をもたらすからだというものだった。

「東京に原発を!」というのは、現在は廃刊で入手できないようだが、アマゾンで見てみると以下に挑発的に紹介されている。

それほど安全だというなら、東京に建てたらどうなのだ!過疎の浜の人は死んでも仕方ないというのか。安全神話に彩られた原発の危険性を最新データや写真をもとに説く衝撃の書。(解説・野坂昭如)

今回の福島原発の事故は、正に「過疎の浜の人々の安全は、どうでもいいのか?」という問いをも投げかけたように思う。余談だが、奇しくもその問いは、最近日本で話題になっている、ハーバート白熱教室のサンデル教授が言う、哲学の問いと重なる。

今日もまた、原発の末端で働く、何の責任もない労働者は被爆しながら命懸けの作業をしている。しかしそれは、原子力産業の巨大な利益を享受してきた幹部、あるいは政治家こそが、率先してやるべき事だ。

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今やるべきこと

福島原発に関して、東電のおたおたした対応にはイラつくばかりだが、菅直人もその技術者を怒鳴りつけるヒマがあるくらいなら、避難範囲を拡大して、過剰すぎるくらいの対策を考えるべきだ。

またアホメディアも、有名人の同情の言葉を報道する時間があるのなら、生存者情報をどんどん放映し安否確認優先でやるべき。同情するなら金をくれじゃないが、被災者の方々にとっては、そんな事より食糧、水持って来いという話だ。全く優先順位が逆転しており、情けないばかりである。

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